もはや宗教はビジネスである。道徳・倫理の教育としては最適

宗教は心の拠り所だ。

本当に天国がある、ないの問題ではない。

それを信仰することで自分もそれが示す所の先へたどり着けると思い込む。

 

やたらデカイ宗教施設やお寺、高そうな黒塗りの車、かっぷくの良いお坊さん、夜の街でお酒を飲む。

もはや現代におけるお寺はビジネスでしかない。

 

よく自己啓発本にあるような「生きる意味」について問う人がいる。

私から見たら、「生きる意味」を求めること自体に普遍的な意味はない。

そもそもない物に求めるから悩む。

意味を決めるのは自分だ。

 

動物や植物を見ればわかるじゃないか。

食物を摂取し、成長し、子孫を残す。

彼らはそれらの行動に意味を求めているか?

「いや、人間は犬猫畜生とは違う」と思う人がいるだろう。

その考えは人間を特別視しているだけだ。

人間も生物の一つなのを忘れている。

 

宗教は道徳や倫理の教育としては最適だ。

「悪いことをすると地獄に落ちるよ。良いことを積み重ねると天国へ行けるよ」とか。