愛国心と経済活動の限界

 コロナ禍より経済活動が停滞すると、現在の日本のように壊滅的なダメージを受けてしまう。飲食業や旅行、宿泊業などがその例だ。

 俺らが復活するには消費活動や金銭的補助が必要だ。お金が無くては業を続けていくことはできない。

 そこでふと思う。金が得られればどのような手段でも良いのか?たとえそれが外国の資本であっても?資本が入ると言う事は、そのものの意見を聞かなくてはならないということ。場合によって操り人形になりかねない。

 では、外国人との関係やそこ向けに業に行なっていた企業や団体は、その国による不正や不祥事、人権侵害等が起きた時、どのような対応をするかと考えると、悪口を言うと今後の活動に支障が出るから、たいていはノーコメントだろう。そこに依存せず体力があるところはきちんと意思を表明するだろう。

愛国を訴えるのも金次第と言う事だ。

新型コロナウイルスワクチンを打つか打たないか

 タイトルの件について悩む人は多い。「ワクチンの副作用が〜」「変異種には効果が〜」等と情報が氾濫している。

 私の考えはこうだ。もし感染した際に重症化したくなければ、年寄り(50代以上)と病気持ちはワクチンを打て。そうでない人はワクチン接種は不要ではないか。

 ワクチンの効果はウイルスに罹らなくなることではない。事前に免疫を作っておくことで、それが来た時に退治しやすくすることだ。なので、感染しても感染しなくなるわけではない。

 マスコミはネタが無いのか、ウイルス感染者数と思われる陽性者数を毎日喧伝している。感染症の問題は陽性者数の増減ではなく、入院治療等を要する重症者数に対する病床の数やその割合だ。軽度の感染者への治療は安静にして療養することだ。軽症者に病床は必要ない。病床が必要なのは重症者だ。

 心理的安心感を得たいならばワクチンを接種することをオススメする。このウイルス(武漢ウイルス)を撲滅することは不可能であり、次第に普通の風邪程度に馴化していくのだから。

 

地方に住むメリット、デメリット 〜テレワークをきっかけに〜

テレワークの定着で地方に住むことが当たり前となった場合について考えた。

地方住みのメリットとしては、広い家、安い家賃、豊富な自然などが容易に考えつく。

デメリットとしては、移動手段が車、電車の便数が少ない、スーパーやコンビニが近所にない、大学など学校が遠い場合は下宿費用が必要、地価上昇の見込みが薄い、学生がアルバイトをする時の選択肢が少ない。

大人はテレワーク出来るならば移動時間の削減になるだろうが、対人としての信用や信頼感の醸成を考えると、足を運んだ方が好意的だし雑談から次の仕事のきっかけや情報を得やすい。人が集まる所に人、物、金が集まる。

宮城での地震と東日本大震災

2021年3月20日18時頃、宮城県沖で地震があった。震度の強い所は震度は5強とのこと。

2011年3月11日に起きた東日本大震災の動画を見て気付いたことがある。震度6強でも建物が倒壊している様子は見られない。ガラスの割れや外壁のひび等はあるだろうが。

ところで、その震災の時に千葉県市原市震度5弱であり、コンビナートで爆発火災があった。

これらから分かることは、地震による影響は建物より設備の方が大きい。また、それらを全てなぎ倒す津波は恐い。

住む所の選定は大事だ。

人も動物

LGBTポリティカル・コレクトネス、夫婦別姓とか左翼は騒いでいる。

その人がどのように思っていようが、それはその人が思っているだけで、私には関係ない。

LGBTの悩みは生物的に考えると無用だ。動物の中でも同性が好きな個体はいる。子作りしない個体もいる。

ポリコレは自分が不快に思う、あるいは聞いた人が不快に思うだろうと忖度した言葉狩り。盲目の人はめくら、ろうの人はツンボ、頭のおかしい人はキチガイ、斜視をガチャ目、何がいけない?

夫婦別姓は、会社での旧姓の使用容認で解決。姓が異なると他人感が顕著なのはサザエさんを見ればわかる。世帯主である磯野波平の家に、異なる世帯主であるフグ田マスオが住んでいる。同族感はない。

ああするべきだ、こうするべきだ、などと理想論を述べ、社会の変革を求めるのは自由だ。その前に身近な頭のおかしい奴をどうにかした方がよい。自国を護ることに反対する売国奴やグローバリストを!