結局「表現の自由」には責任が伴うって話

はてなブックマークにあがっていた

熊谷千葉市長「ミニストップの成人誌の件、「表現の自由」との美名の下に崇高な戦いと信じている方が一部いる」 - Togetter

を読んだ。

 

表現の自由」ってなんだろうと考えたら以下の点に気付いた。

  • 出版社が成人誌を発行することは自由だ。
  • コンビニが自分の店内で商品として成人誌を陳列することは自由だ。

これは売り手側、いわゆる表現者側から見た視点だ。

 

コンビニは今や生活の一部に溶け込んでいるほど身近な存在だ。

客によってはコンビニで陳列している成人誌を見たくない人もいる。

お客が、この陳列を無くして欲しいというクレームや要望をお店に言っても変わらないから、行政に連絡するのは考えられる。

行政がお店に本件についてクレームが来ていると連絡することが「表現の自由」を侵害していると騒いでいる人もいる。

 

この行政の指摘は「表現の自由」に抵触しないと私は考えた。

それは、加計学園での文部科学省が出していた告示ではないのだから、成人誌の販売を禁止しているわけではない。

成人誌を商品として販売するかしないか判断するのはお店次第だ。

 

例えば、公然わいせつ罪を例に挙げる。

公共の場で本人の陰部を晒す行為を「表現の自由」と言い張れば本人からしたら「表現の自由」なんだろうが、その行為は刑法に抵触する。

その表現をやるかやらないかは本人の責任だ。

 

クレームが入ったからって何でもかんでも対応すれば良いってもんではないと思う。

そのうち避妊具のコンドームにもいちゃもんを付けだすと推測する。

 

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