RADWIMPSの『HINOMARU』への批判は反日によるもの

インターネットニュースでRADWIMPSの『HINOMARU』に批判が殺到していると載っていた。「ネトウヨが若年化」「パヨクによる言論弾圧」などと左翼や右翼がお互いを批判している。

ちょっと待ってほしい。

なぜ自国民が歌で自国への愛を示すことが批判されるのか。植民地化される事なく長い歴史を刻み、先祖や先人ら、英霊が築いてくれたこの国への感謝を示すことは、誰にも批判される筋合いはない。左派だろうが右派だろうが、リベラルだろうが保守だろうが大元は日本国だ。

愛国を批判する人には一つ疑いが生じる。その人が反日なのは海外の息がかかっているからではないだろうか。「戦争を招く」や「軍靴の音が聴こえる」等と彼らは日本が戦争へ向かうことを危惧していると主張するだろう。ハイテク化するこの現代に竹槍や銃剣での戦争はありえない。自衛装備の操縦が難しくなるので、数年で辞める徴兵制でそれらを扱うことは非効率だ。戦争の可能性を煽る人らは善意で言っているのか、悪意で言っているのか、まるで現実を見ていない。「あなたの子どもが戦争に行くかもしれない」と不安にさせることで彼らは、日本の自衛装備の拡充や愛国心を批判する。海外の息というのは隣国である中国や朝鮮、共産主義らのことだ。それは日本が自衛力を強化すると彼らの国にとってやっかいなことだ。

話は戻って結局、この歌の問題は右翼vs左翼ではなく、愛国vs反日なのだ。

 

HINOMARU

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